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三田村鳶魚/YouTubeまとめ

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三田村鳶魚(みたむらえんぎょ、明治3年3月17日(1870年4月17日)-昭和27年(1952年)5月14日)は江戸文化・風俗の研究家である。本名は万次郎、後に玄龍。その多岐に渡る研究の業績から「江戸学」の祖とも呼ばれる。人物・生涯1870年、武蔵国八王子(現在の東京都八王子市)の八王子千人同心の家系に生まれた。三田村家は天保期に商人となり、機屋(織物買継商)を営んでいた。1952年に疎開先の山梨県下部温泉で没した。自由民権運動に参加し日清戦争での従軍記者、報知新聞記者などを経て江戸風俗や文化を研究し、またそのための勉強会を主催した。参加者の一員の森銑三は、鳶魚・三村竹清・林若樹(林研海の子)を「江戸通の三大人」と評している。森の終生の友人で随筆家の柴田宵曲が、鳶魚の口述筆記を多く担当している(ですます調の著作は概ね口述筆記)。彼の研究は江戸時代の随筆や、聞き書きを史料として江戸時代を論じるというものであった。一次資料に依拠していないためにこの当時の歴史学界ではさほどの評価はされなかったともいう。

Wikipedia_2016.03.12